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くらしのこと市・ドキュメント 前編

くらしのこと市ドキュメント・2013年6月  前編


手づくりの物には、全く興味がなかった。ましてや「生活」や「日常」という言葉も、どこか自分には縁遠く思えた。

もちろん僕には僕の日常がある。他人と比較してどこがどう違うかなんて統計的に出せるものでもないけれど、明らかに僕の生活は周囲の人々とは違っている様に思えた。

30を過ぎても実家暮らし。毎日、自分が気持ちいいと思える非日常的な快楽を求めて、一人、または友達と遊び回る。

そんな暮らしの中、僕はあるポイントで、手創り市の主催者、名倉くんが以前経営していたrojicafeに出会う。

中板橋の路地裏にある一軒家のカフェ。その場所を営む人との出会いが、僕に「日常」の大切さ、というよりも面白さに気付かせてくれた。

なんだかんだ言っても、日々は瞬間的な日常の連なりであり、その「ふつう」とか「いつもの」とか呼べる時間をいかに楽しめるかで、その生活を営む僕自身のキャラクターも変わっていくのだ、とその時初めて気付いた。


くらしのこと市(以下・くらこと)』。そのコンセプトは、『器のつくり手と、暮らしの中のものづくりをヒントに活動するつくり手が集い、使い手とつながることで、今よりも少しだけ良い毎日が交差するはず』という軸のもとに企画されたイベントである。

手づくりの品を扱うイベントで、それに意味付けをし、お客さんに精神的な何かを投げ掛け、持ち返って貰いたいという趣旨を持ったイベントは、現在多々あると思う。

去年『くらこと』に出展した作家さんたちの中には、精神的に豊かな(という言葉が適当かどうかはわからないが)暮らしを実践し日常を送っている。そんな人たちも中にはいただろう。

スタッフにしてもしかり。日々、手創り市に関わり、手づくりの品がもたらす生活への影響を考えないスタッフなどいないのではないかと、僕には感じられる。

さて、お客さんはどうだろう?

果たして『くらこと』を通じて、本当にいつもの生活が『くらこと』後、いつもより心豊かに変化しただろうか? そのきっかけに『くらこと』はなっていたのだろうか?

それを確かめる術を今の僕は、個人的にしか持たない。『個人的に』とここで言ったのは、第一回目の『くらこと』にお客さんとして僕が参加したからだ。

人には幅があり、影響を受けやすい人、またなかなか影響を受けない人など、その差は千差万別だ。

だから僕の話しをしようと思う。


(昨年の会場の様子)


第一回目の『くらこと』はとてもいいイベントだと思った。これはあくまで個人的な見解だけれど。スタッフが声かけして集められた出展者の顔ぶれや、作家さん自身がその思いを存分に語ったトークショー、暮らしに根差した古本市など、それらは僕の趣味趣向にばちっとはまった。

生憎の雨だったが、会場となる木藝舎Satoの内装も素晴らしく、カフェスペースもゆったりとくつろげた。

しかし、僕がこのイベントを通じて心の豊かさのようなものを持ち帰ることが出来たかというと、残念ながら、明確なそれはなかった。

いつもの手創り市が、別の形になった、というような感覚を得ていただけだった。

人の心に届く表現はそう簡単なものではない、と僕は思う。もちろん、一日楽しかったし、何度も高揚したけれど、手創り市慣れしたかのような僕に対して、『くらこと』のコンセプトは届くものではなかった。

もちろんこれは僕の主観的な意見だ。

実際僕は、rojicafeに出会い、日常の大切さに気付かされ、その後の暮らしが少し変わった。

そこにはコアとなる人とのつながりがあったからだと今にして思う。

rojicafeを経営する人たちの、その姿勢が伝わり、僕を少し変えた。

僕はrojicafeの常連みたなものだったから、それはゆっくりと浸透していった結果なのかもしれないし、人が変わるには時間がいるのかもしれない。

しかし『くらこと』は、少し豊かな暮らしへの影響をイベント開催の一日で提案したい、という想いが根底にある企画である。

すぐには響かなくても、記憶としてそれが強く残れば、人やその人の日常を変えるきっかけには成り得る。

そのきっかけをつくるために、今回スタッフたちがどう考え、どう動いていくのか? 

前振りが長くなったが、そこに着目しつつも、様々な角度からスタッフの取材をさせて貰った。



第一回目の『くらこと』で、カフェスペースの厨房を務めた山梨さんはこう言う。

「いつも食べるカレーにも、それぞれに意味がある。それをつくる生産者がいる。食材やお米をつくる農家の方。器をつくる作家さん。そういったものを、ちょっと立ち止まって感じられるようなカレーを提供したかった。普通にさらっと食べるのではなく、食べる人がそのことについて考えられるような」

実際、作家さんのつくった器で食べられたカレーは、『くらこと』ならではの特別感を持っていた。そして、カレーの具となる、レンコンや椎茸、椎茸に関しては山梨さんの実家から持参したものという事も知っていたので、よりカレーに対する距離が、いつものように、さらっと食べる感覚とは違っていたし、実際美味しかった。

しかしそれが、それらの背景を集約した記憶として残る味であるかは別の話だった。

そもそも、厨房スタッフがどんな「いつも」を目指していたのか?それを明確に表現する、味の説得力のようなものはそこにあったか?

この記事は『くらこと』スタッフのドキュメントであると同時に、それを描く僕のドキュメントでもある。

正直、僕は人に意見するのが苦手。しかし、最近『くらこと』の取材を通じて『意見することが相手に感情を持つこと』でもあるということをまじまじと知り、今回、こういった形で発言させて頂きました。

発言に対する責任を恐れて意見をしないのは、相手に対して感情を持たないともいえなくもない。と言えば大袈裟だけれど、今回の『くらことドキュメント』はそういった姿勢で進めていきたい。そう思い、このことを書きました。


今回の『くらこと』では、土鍋でご飯を炊き、提供することがメインになるのだという。山梨さんは今回、自分で漬けた梅干しをそこに添えたいとも。

「時間を掛けてつくったものを、お客さんに提供したい」

じっくりと手間を掛けてつくったもの、その時間を味わって欲しい。それが食べることの贅沢につながるのではないかと彼女は言う。そこに味としての説得力を込めるのだろう、と思った。

梅干しを、ひと手間かけ、土鍋で炊いたご飯とともに食べる。そこには、人の手間という有機的なつながりがある。それが今回の山梨さんなりの食のテーマなのかもしれない。そんな、ご飯と梅干しを僕は早く食べたいと思った。

「今までは、日常よりも、旅のような非日常に楽しさを覚えていた。それが最近変わってきている。日常の中に楽しさを見出せるようになった。それは土鍋でご飯を炊くとか、そういったことを大切にすること。それが今回の『くらこと』とつながっている気がする」

そう締めくくった山梨さんもまた、変化の途上にあるように思えた。


(くらことカフェの様子。去年は「いつものカレー」を提供しました。今年はなんだろう?)


次に話しを聞いたのは、橋本さん。彼女は、この第二回『くらこと』のイベントから初めて企画者の立場に身を置くことを志願した。


「正直私には自信がない。打ち合わせに出ても無力感を感じる」


ARTS&CRAFT静岡では、『現場のリーダー』的な存在の橋本さん。

開催当日の搬入時だけでなく、一日を通して、全体を俯瞰できる広い視野があり、何か問題があると、すぐに的確な行動や指示を出せるスタッフ。そんな彼女の口から「自信がない」の台詞が出た時、正直僕は驚きを覚えた。


「現場のことは、向き不向きもあるけど、ある程度回数こなせば、誰にでも出来るようになると思うから、それが自分を肯定する自信にはつながらない」


僕には全くそうは思えなかったが、彼女は続けた。


「多分、私は自分に自信がないから、やれることを正確にやって、弱い自分を周りに悟らせないようにしているのだと思う。だけど、今は初めて、企画から『くらこと』に加わり、自分の足りない部分や、今迄もっと作家さんのブースを観ておけば良かった、とかそういった後悔も浮かんでくる」


そんな弱い面を打ち明けた橋本さんを見るのは、初めての事だった。

彼女には今まで、シミュレーションのルポや、本開催のルポで何度もインタビューを行った。そして密かに僕は、その取材を楽しみにもしていた。

橋本さんの思考はいつもクリアであり、ARTS&CRAFT静岡全体を深く理解・意識しているのがわかり、それが現在のARTS&CRAFT静岡を内から知る上で刺激的だった。そして彼女が、毎回、自分に課題のようなものを設け、それをどんどんクリアしようと積極的に動いている姿勢も良かった。そんな彼女を回ごとに追ったインタビューは、実に充実したものだった。

今回彼女が初めて見せた不安や弱み。しかしそれは、橋本さんが新たな局面に身を置き、それを越えようとしている、そんな状態から出た自然現象的な言葉かもしれないと僕は後に思った。


「スタッフでいるからには、何かをしたいと思う。それが今回の『くらこと』の企画から関わる理由」


橋本さんの今後に更に注目したいと思った。そして同時に、この『くらこと』を通じてスタッフの内面が変わっていくこと、それを捉えるのが僕の役目にも思えた。



次に話しを聞いたのは、鈴木一生くんだ。


「正直、混乱してます。『むすぶ・鷹匠』と『くらこと』が頭の中でごっちゃになってますね」


そう話す一生くんは、鷹匠の町を紹介する『むすぶ・鷹匠』のコーディネーター兼取材班と、今回『くらこと』の企画スタッフ、二つを掛け持ちし、この日二つの企画の打ち合わせをはしごしていた。


「現在としては『むすぶ』の方に意識が向いてますね。まだ『くらこと』で自分が何をしたいのか? 何が出来るのか? が見えて来ない」


そう語る一生くんは、一度インタビューを終えた後に、もう一度僕を呼び出し、再度インタビューを行って欲しいと言った。


「うえおかさん、どんどん質問してください。頭の中を整理しつつ、考えを外に出したいので」


そう言う一生くんに、僕は、

「一生くんが好きなことを『くらこと』で活かす道を探したらいいんじゃないかな?」

と返答した。


「足久保、木藝舎のある場所、その周りの景色が素晴らしいので、みんなにその素晴らしさを持ち帰って貰いたいですね。例えば、木藝舎の周りをガイドツアーみたいにして、みんなに紹介したい。地元の人とお客さんをつなげる様なツアーをやりたいですね」


このアイディアは、普段から一生くんがテーマとしている『自分のいいと思うものを周囲に紹介したい』という欲求から来ていることがよくわかった。

それは一生くんのオープンなところでもあるし、その感動なり感覚が上手く伝わればそれは面白くなるだろうと僕は思えた。

しかし、それを具体的に形に落とし込む作業こそが、大変であろうとも同時に感じた。

一生くんは言葉よりもその内に抱えた想いの方がいつも大きい様に見える。その大きさのギャップのようなものが、時に、相手に対して伝わり難さのようなものを感じさせるかもしれないし、本人も「自分は言葉で伝えるのが苦手です」と言い、それを自覚している。そんな一生くんは、写真やデザインなど、ビジュアルで想いを伝えることに長けていると僕には映るし、周囲もそれを認めている感がある。

今回の『くらこと』を一生くん自身がより楽しみ、それを企画に落とし込むためにも、その長所を上手く活かせたらと僕は思っている。


(去年のくらしのBOOKSの様子。今年はどんな本が並びますかね?楽しみです。)


最後に話しを聞いたのは米澤さんだ。


「私も正直混乱してます。このインタビューが『むすぶ・鷹匠』なのか?『くらこと』なのか? 一瞬わからなくなりました」


『むすぶ・鷹匠』のライター、そして『くらこと』の企画を務める米澤さんも、一生くん同様の台詞を漏らした。


「前回の『くらこと』では、トークショーの司会をやったんですけど、それが不安で不安で仕方なかった。でも主催の名倉さんが自信満々の人なので、表だって不安は人には見せたくなかったんです。『平気です』みたいな態度でいました。その『平気です』を支えるために、朝、会社に行って、一人で掃除をしている時に、司会の練習を声を出して何度もやってました。台本にある台詞は全部。そうやってやれることをやって、不安を隠すんです」


橋本さんの「自分に自信がない」の台詞にも驚いたが、今回の米澤さんの台詞にも同様に驚きを覚えた。

前回の『くらこと』でトークショー前の米澤さんと何度か会話を交わしたはずだが、やはり、米澤さんの狙い通り『平気です』という姿勢に見えたからだった。

見えないところでの努力を惜しまない米澤さんに、僕は更なるのびしろを感じずにはいられなかった。


余談になるが、米澤さんとの出会いは、オンライン上に始まる。彼女の担当するARTS&CRAFT静岡のツイッターで、当時、アトリエ訪問の編集後記を書いた僕に、感想が寄せられたのがそのきっかけだった。

その後、シミュレーション・ルポの際に対面し、真摯な姿勢で僕に色々と話し掛けてくれたのを今でも覚えている。

その頃彼女は、ツイッターでしか「書く」という行為を行っていなかったように思う。それが、いつの間にかARTS&CRAFT静岡のブログ記事を書くようになり、第一回『くらこと』では『くらしにエッセイ』という連載企画さえ任されている。そして今では、東京と静岡の手創り市双方に出展している作家さんのサイトで、月に一度エッセイを書き下ろしするようになった。

彼女の行動力、成長の早さには目を見張るばかりだ。そんな彼女だからこその、影の努力なのだろうと、前回のトークショーの一人シミュレーションについてつくづく思った。


「今、不安なのは、今回のトークショーがまだ不確定な状態なので、やるのかやらないのか、はっきりしないところからきてますね。もちろん、やるとなったら全然やるんですけど(笑)」


そう語った米澤さんは実に頼もしかったが、それも本当は不安を隠すポーズなのかもしれない。でも、ポーズでもなんでも任されたことはやり切る、その姿勢には強さを感じる。


この『くらことドキュメント』の取材を通じて常々感じたのは『変化』というキーワードだ。

スタッフみんなが『くらこと』という企画を通じて、それを形にするのに、多少のなりとも今の自分に変化を与える必要性があるように映ったし、また皆もそれを感じつつやっている感があるようにも思えた。

それは僕にも言える。今回、ドキュメンタリーという書き物に初めて挑戦したが、そこには対象に対しての自分のスタンス・視点が重要視されると感じたし、それは今までの僕の得意とすることではなかった。

しかし、スタッフたちが『くらこと』を通じ、皆が変わっていくことに意識的に挑んでいる様を見て、僕も創作という過程を通じ『変化』することを怖れずにやっていきたいと勇気付けられた。

そもそも『変化』とは何だろう? 人は何のために『変化』しようとするのだろう? 『くらこと』のコンセプトは、イベントを体験した人々に訪れる昨日とは少し違う日常の変化にある。

『変化』それは、昨日とは違う新しい明日をつくるための方法なのかもしれない、と、このドキュメントを書いていて気付かされた。逆を言うならば、『変化』していければ、どんどん新しい未来の中へ入っていけるということ。日常がより彩りを増すということだ。


ここに面白い偶然がある。

第一回目の『くらこと』の古本コーナーで、僕は、『建築家の言葉』という本を購入した。

その中に、こんなページがある。ある建築家にインタビュアーが、「今までで一番難しかったことは何ですか?」と問いかけをする。すると建築家は、数分黙り込んだ後、こう答える。

「変化を怖れる気持ちを克服することだ」と。


ARTS&CRAFT静岡のスタッフとの付き合いや関係性が、今までの様々なインタビューを重ねた結果、深まっているのを今回の取材で特に感じた。皆が僕に本音を打ち明けてくれる。その好意に対して僕が出来ることを考えながら、今回キーボードを叩いた。

後編につづく。


うえおかゆうじ 


*2013年のくらしのこと市開催は11月24日となります*


※次回、くらことドキュメント・後編の更新は

 9月5日を予定しております。

 是非ともご覧下さい!!


ARTS&CRAFT静岡

mail :shizuoka@tezukuriichi.com








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