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2014年春季A&C静岡開催ルポ:前編・2部

*2014年春季ARTS&CRAFT静岡ルポ:前編・1部*

clicls!! clicks!! clicks!!




2014年春季ARTS&CRAFT静岡ルポ:前編・2部





楽しい月夜の晩を一夜明け、開催二日目。(楽しい月夜の晩についてはまたの機会に)

曇りのち雨が心配されていたのもなんのその、今回も天気は晴れのち曇りで持越しました。


朝六時半。正面鳥居前にスタッフ全員と、清水さん、そして僕が集合。

OHNO CAMERA WORKSの大野さんのご厚意で、今回も集合写真を撮って頂くことに。


(大野さんは今回も「未来のあなたへ」で、会場内の池のほとりにて、

 ポートレイト撮影を行ってくれています)


結果、またしても男性陣は真顔。女性陣は笑顔という、はっきり色がわかれつつも調和の取れた写真を撮影して頂きました。





大野さんはこの後、あるスタッフの突然のアイディアによって実現した対談、「ハルコヤ女子会」(ハルコヤの作家さんたちと、ADの清水さん、ハルコヤスタッフ3人による談話会)の撮影までして頂きました。本当にありがとうございます。


ハルコヤ女子会の最中、小屋の中からは、笑いがどっかんどっかん起こっていたのが印象的だった。その様子から、セッションに参加したみんなが、それぞれに満たされているかのように感じられた。


ハルコヤ女子会が終わると、次は、受付の横に八つ椅子を並べての対談会。

僕が司会を務める、「ARTS&CRAFT静岡・未来会議」だ。

その詳細は、第二部のルポでお伝えします! こうご期待!!


二時間近くを「未来会議」に費やした僕らは、それぞれの思いを胸に解散。持ち場に戻る。



次にお話しを伺ったのは、器やブローチなどをつくる作家、松本美弥子さんだ。



朝、ハルコヤの女子会(対談)がありましたよね?

小屋の中から笑い声がドッカンドッカン響いてましたよね?


「最後の最後なんだけど、自分の中では、あ、こういうメンバーでひとつことをやっていたんだな、とわかって良かったです」


それはより達成感につながりましたか?それとも確認?


「なんか、わからなかったんですよ。メールで文字を追ってるだけで、どういう形になるのかわからない。わからなかったから面白かったというのもあるんですけど。清水さんの絵があって、作家さんたちの作品があって、今朝見てみて、「あ、こういうことか」と。確認かも(笑)」


なるほど。


「ハルコヤはスタッフさんたちの作品でもあるじゃないですか? 朝の対談で、私は『道具になれた』というようなことを言ったんですけど、でもそれは悪いことじゃなくて、最終的に清水さんと彼女たちスタッフが完成させたんだなって」


パズルのピースがはまるみたいに、ですかね?


「そう。道具って言うと聞こえは悪いかもしれないけど、そういう意味じゃなくって、ひとつひとつの作品を展示して貰ったんだけど、作品が主役じゃなく、あの完成した状態、ハルコヤ自体がただひとつの作品だと思ったんです」


ありがとうございます。では次に、屋号「jacinthe」について聞かせてください。


「フランス語のヒヤシンス。ヒヤシンスは球根から咲くけど球根ってすごくないですか?

外からの養分も必要とはするけれど、球根ひとつであんなきれいに咲くってところが。憧れね。ああいう風に、自分の中に持っているものを守って、自分なりに咲けたらいいなって。わかります?」


外の影響も受けるけど、大切なのは、自分の中にあるもののボリュームを上げていくというか、そういうことですかね?


「それは球根が出来る段階で色々な人に影響や栄養も貰って、自分の中でつくり出してるとは思うんだけど。いさ本番で、自分の強さ、力で、ポンって上がって来れる。そういう強さに憧れるというか」


おお〜。


「憧れね。憧れ。自分はそんなに強くはないのだけど」


では次は、弱さについて。何か思うところあれば聞かせてください。僕の最近のテーマは「自分の意志の弱さと向き合う」なんですけど(笑)。人が変わる時って、まず、ありのままの自分を直視出来て、初めて変わり始めるじゃないですか?


「変わるのは難しいし、見詰めるくらいしか出来ないんだよね。時間掛かって見えないスピードで変わっていって、振り返った時に、少し変わった自分に気付く。私のテーマは「苦手なことに挑戦する」だけど、やってみると、色んなことがわかるよね。自分のダメなところとか。だから良かったと思ってる。苦手なインタビューも受けて」


引き受けて頂き、ありがとうございます。


「去年は動きがスムーズ過ぎて、自分が動かなくても周りが持ち上げてくれて、少し怖いな、いい気になってやってたらいけないんじゃないか?って思って。苦手なことをやってみることにしました。自分のダメなところを知りたい訳じゃないんだけど、ダメなところがわかれば変われるかなって。自分が面白がって仕事したいから」


変わり続けること、成長し続けること、自分を更新していくこと。それがあると、自分自身楽しめますよね?楽しみのレベルも変わっていくというか。


「あまり飽きちゃって、楽につくっちゃうと、自分でつまらなくなっちゃうかなーと思って。自分にストッパーを掛けつつ。新鮮な気持ちでつくらないと、ものづくりはダメだなと思うから。手を動かせばつくれちゃうけど、それじゃダメだなって。今は、自分のことを知るために、嫌なことから逃げずにやってます。大した何かがある訳でもないのだけど。理論的にも考えられないし、感覚でやってます」


その感覚は「線」が通って見えますよ。フワフワしてたりとか、色々な感覚があるじゃないですか?刹那的な感覚ではなく、つくりながら直感を感覚に変えている感じを僕は受け取りますけど。それを一本の「線」に感じます。


「ありがとう。良い様に言ってくれて」


いえいえ。では最後に、ARTS&CRAFT静岡の改善点があれば。


「この雰囲気が定着していますよね。だから小屋企画とか動いてるから、スッタフさんたちが新しいことをやろうとしているから、この手創り市が新しいものに変わり得ることもあるじゃないですか? れが楽しみです。やってみないと、後戻りするか、先に進むか、わからないけど、やってみたいって思い続けることがいいことじゃないですか?」




次にお話しを伺ったのは、若い女性のお客さん二人だ。


初めて手創り市に来た時の感想を。


「こんなことが静岡でやっていたのか!って驚きました」


「一周目だと、目星は付けられても決められない。だから2周目は、右から攻めて。次は左からとかやってました(笑)」


手づくりのものはお好きですか?


「好きです」


では、その理由があれば教えてください。


「一個一個違うから楽しい」


「作家さんと会える。つくってることが好きでやっていると思うので、大切に使おうと思います」


その「大切に使おう」っていいですね。きっと手創り市側も、作家さんも、そういう気持ちを持って貰えたら嬉しいと思いますし、そういう気持ちを持って貰えたらと思ってやっている側面もあると思いますよ。


「そうですよね。ありがとうございます」


ありがとうございます。





次に、清水さんのライブペインティングの様子をと思っていたら、小屋のあたりから清水さんに笑いながら手招きされた。

行ってみるとそこには、20代であろう女の子が四人、にこにこと笑みを浮かべ立っていたのだった。彼女たちは清水さんの会社の同僚で、なんでも、清水さんの手掛けたハルコヤを観るために、はるばる東京からやって来たのだという。

ここは僕が司会をするより、清水さんが司会をした方がしゃべりやすいということになり、彼女たち4人と清水さん、僕というメンバーでの、グループインタビューが始まったのだった。





清水さん(以下・清):みんなありがとう。


一同爆笑。


清:みんな私より後に入社してるじゃない?わたしもみんなを教えたことあるし。最初絵描きですとかわざわざ言わないじゃん。でもだんだん話していく内にやっていることとかわかってくるでしょう?で、いざ、今日観に来てくれたね。どうかな?違和感ある?


「ないね」


「しみ(清水さんのあだ名)はいつも真剣だから」


うえおか(以下・う):おおお!! ちなみに、しみって呼ばれてるの?


しみ:私が呼んでって言ったの(笑)


う:おおお!!かっこいい!!


「普段、パソコンとか服を扱ってるの」


「でも、もっと真剣だった」


「活き活きしてる」


「泣きそうだった私」


「なんかね、感じるものが、普段とは違うものがあった」


「実際観たことないから。ホントにきれいよ」


「すごいきれい」


しみ:やったー。


「人の心をゆるがせるものがある」


しみ:あるある(笑)。


「なんかね、しみ、そのものって感じがするんだよね」


「する」


「でも、いつも仕事中もめっちゃやさしいです」


「年齢関係なく、誰とでもしゃべるし」


「空気を明るくする」


「しみがいないと寂しいよ」


「早く帰って来てね」


しみ:帰って来るよ。


「一週間いなかった時、すごい寂しかった」


う:すげー愛されてるじゃん!ちょっと泣きそうなんだけど(笑)


一同爆笑。


「愛されてるよね」


「愛されてる」


う:でも、それはしみも愛してるからでしょう?


しみ:そうだね!愉快な仲間たちに囲まれて、こうして安心して仕事をしている。


う:すごい良い仲間に囲まれてるんだね。


「仕事も絵も両方すごい頑張っててすごいと思う」


「全力投球」


「こういうところでも、普通に話してくれるのが嬉しい。「あ、来たの?(上から)」とかならないし、いつも通りにしてくれているのが」


「自然で」


清:自然で。


途中、以前僕が、たまたま清水さんたちが働く職場に、偶然、面接に行こうとした話しや、その後、また偶然にも、清水さんの職場の隣のビルで働いていた話しなどで盛り上がったが、そこは割愛しました。


何はともあれ、清水さん。すごい良い仲間に囲まれてる。それはやはり清水さんの人柄が引き寄せた縁であり、互いに惹かれあった結果でもあるとつくづく思った。


清水さんの同僚の皆さん。ルポにご協力頂き、ありがとうございました!


こうして、普段画集を眺めるほど好きな絵描きさんの、知らない面が垣間見れたこと、その垣間見れたものが、ものすごくあたたかで純粋だったこと、今でも強く印象に残っています。ホントに彼女たちの会社に転職させて貰おうかと思いたくなるくらい、そこには大きな安心感がありました。





次にお話しを伺ったのは、お客さんとして来てくれた名倉くんのお母さんだ。


「前回は風にゆられて、偶然の出来栄えっていうか、そういうものがあったじゃない?今回は、止まってる壁に描いているから、感じ方が違う」


前回のライブペインティングでは、清水さんが描いているところを三時間観てらしたという。お母さんは更に話しを進めた。


「前回は、描いている過程を一緒に追っていけたのが良かった。でも今回の小屋の絵は、すでに完成しているもの。そこに感じ方の違いがあるのだと思います」


前回は変化する要素があったってことですよね?


「そう。色がだんだん薄くなったり、濃くなったり。この絵(ハルコヤ)は、まだ少ししか観てないからわからないけど、これで終わりなのかなぁーって感じ。どっちが良い悪いの問題ではなくてね。前は、楽しんで観てた。二、三時間。ちょっと目を離した隙にもうあんなに変わっているとか、線ひとつでも変わっていくじゃない。出来上がればこれと一緒なんでしょうね」


ハルコヤには入った感想を。


「中に入ると、外に誰かいるかを忘れる。だからもっと早い時間に来れば良かった。一人で観たかった。例えば、朝六時とかに一人で入ったらすごいと思うんですよね。でも、この間の布の方が良かったのよ。二、三時間観ていても飽きない。どこでどう変わるか、目が離せない。これだと勿体ない。もっと大きく、小屋の倍くらいのサイズだったら、彼女の良さが活かされると思う」


次にお話しを伺ったのは、硝子作家・liirさんのところで『wakuwaku bell work』のワークショップを行ったばかりの、男性のお客さんだ。



「ARTS&CRAFT静岡に来たのは二回目です。最初に来たのは一番最初の開催で、今日は久しぶりの静岡。単純にお客さんも増えてるし、食べるところもいっぱいあったし、すごい楽しい」


ワークショップをやられたみたいですけど。どんな工程があったんですか?


「自分の好きなベルを選んで、ベルを鳴らすおはじきみたいなものを選んで、針金くるくるっと回して、紐をつけて、ベルを鳴らす部分をつけて完成です」


一個一個、違う音が鳴るんですよね?


「一個一個微妙に違います。小さいのは高い音が鳴ったり。大きいのは低い音が鳴ったり」


このサイズだからこの高さって予想しながらつくれるものなのですか?


「単純に小さいのは高い音が鳴ると思うので」


そういう説明はありつつ。


「説明はなかったですね。普通のお客さんは大きいのがお得って思うかもしれないですね(笑)」


お客さんの場合は、高い音が欲しかったから、高い音が鳴るものを見つけてって感じですかね?


「そうです」


出来上がった音はどうですか?


「聴きたいですか?」


聴きたいですねー!


「鳴らしましょうか?」


お願いします。


わざわざ梱包を解き、ベルを出してくれたお客さん。そしてベルを振り、チリチリと鳴らす。硝子が硝子に当たる特有の高い音が響く。


ワークショップをやってみてどうでした?


「お試しだけど、自分の手で何か出来上がるっていうのは嬉しいですよね。ただ買うだけじゃなくて教えて貰ったり、コミュニケーションを取る、楽しいことだと思います」


liirさんのところで、こんなことを話したな、という何かエピソードはありますか?


「僕は音楽をやっていて、ライブとかでも楽器を使うんで、このベルをそこで使わせて貰いますっていう風に言ったら喜んで貰えました。あまり男一人で参加する人はいないから(笑)」



最後にお話しを伺ったのは、染め物作家の仕草さんだ。



ARTS&CRAFT静岡に出てみての感想は?


「手応えはすごくありました。工房を新しく構えた関係で、自分の環境が変化したと同時に、作風とかも若干修正している部分があって。そういう部分でお客さんの反応がどういう風になっていくかって不安もあったので、自分の中で手応えとしてよかったかなと」


作風を修正したというのは?


「今、抽象画っぽい作品が出始めて来ていて、言葉ではなかなか表わせないことを抽象に託すというか」


そのきっかけは?


「子供も生まれて一回りしたっていうか。人の成長過程って面白くて、誰しもがそれを経験するように、プロセスを組んで貰ってるっていうか。巡り合うものが全部、たぶん、その人にとっての最高の教材のような。与えられてるものだと思うんですけど、そういう過程で、わりかし若い頃は欲を満たすために動いている。成功したいとか。自分が好きなものをつくって評価されたいとか。最近は逆に、静かになる方向に進んで行っているというか。そういう感じで、その精神性の部分が作品に反映された感じです」


影響?


「影響されないとおかしいですよね。自然とそういう風になっていってる感じなんですよ。ものづくりしていてもそうなんですけど、ある種、単純作業というか、反復作業の中に没頭していくと、思考が止まって、無風状態というか。精神のバランスの取れたいい状態に入っていけることが多々あるんですけど。作品を観て、それを感じれるものだったらすごくいいなって。音楽にも、ロックのようなエネルギーってものもあれば、心が静かになっていくようなものもあって、そういう物を自分でもつくれたらなぁーって」


個人的な話になるんですけど、二十代の頃、僕はビートの効いたテクノを聴いてたりとかしたんですけど、やがてアンビエントにはまっていく、みたいな感じですよね?


「一緒ですね(笑)もちろん、ビートのあるものを否定する訳ではなく、ただ、静かになっていくってことは間違いないなっていうか。自分の中ではそれが本線という感じがしていて」


染め、注染の世界に入って行ったきっかけを。


「最初、漫画を描いてたんですよ。その頃は自分一人でちまちまやる作業がやりたかった。で、漫画仲間とフリーペーパーをつくり始めて、Tシャツをつくろうという話になり、じゃ、染めてみようと。そこで、草木染で有名な、山崎青樹さんって方の本を手にして、いいなぁと思って。たまたまそのフリーペーパーも「仕草」って名前でやってたんですよ。で、仕草の「草」と「草木染」がシンクロして、で、始めました。初めは、野外の音楽パーティーで売っていて、パーティー行きたさに染める、みたいな」


あはは。なるほど。


「一人で漫画を描いてても現実的ではなくて、Tシャツに出会ったことで、傾いていくんですよ。楽しいし」


Tシャツの方が社会とのつながりが強かった。


「そうですね。そこで初めて自分のやっていることと、社会がリンクし始めて。2000年の頃って、環境問題とかが話題になり始めた頃で、わりかし社会的な運動も含まれたムードの中で、代々木公園のアースガーデン(野外パーティー)とかに出て、毎日物づくりをやっていて。草木染ってものも、環境チックな感じもあったので。エコとかが普通の言葉になる前の時代だったので、マイ箸を持っていたりとか、ナチュラルな石鹸を使っていたりとか(笑)。野外パーティーにはそういう意識を持った人も多くて。だから僕は、クラフトから入っていった訳ではないんですね。カウンターと言えばカウンターなんですけど。ひとつの社会運動に入って行くことで、自分を見出していたというか」


「その後、田舎暮らしをされてる方に会って、WOOOF(ウーフ)っていって、宿を提供して貰う代わりに労働力を提供するっていう制度があって。当時、ホントにそういう生活がしたかったんです。実際に田舎暮らしを目にして実感して帰って来て、ああ、出来るなーと。手に職を付けたいなってことで、草木染をやっていたんで、たまたまハローワークで注染の現場に飛び込んで。で、自分がやってきた草木染と注染の技法が意外とマッチしそうだなって思って。休みの日に工場で設備を借りて、自分の作品をつくりつつ色々試して、三年後に独立に至りました。退職後に長野に移住したという」


「手拭いって生活に密着した道具ですよね。それもあって、思想も、ふれ過ぎないところに落ち着き始めたんです。もう社会なんて!みたいな、自給自足をするんだ、みたいなところに来てたんですけど、クラフトがきっかけになって、子供も出来て、自分と引きで見れるようにな環境になっていった。それが最初の抽象につながるんですけど」


仕草さんは手拭いをつくるにあたって、全ての工程を自分でやっているじゃないですか?


「染料を買っているものもあるんですよ。ただ作業工程は外注ってことはないんですよ。デザインして型を起こしてのりを付けて染める。一通りの工程を全部やってるんですけど、注染自体がすごく職人の世界、分業の世界で。職人さんって反復による熟練なんで、機械になるじゃないですけど、身体も道具の一部になるというか。職人さんのすごさとは違う部分を自分は求めた。たぶん創造性だったり、自主的に何かをやるって部分でその世界にはどっぷり浸かれなかったと思うんですよ。でもある種これって、自分でハンドルを切るじゃないですけど、欲求なんですよね」


「で、成長のプロセスに話が戻っちゃうんですけど、全部自分でやりたいって欲求を追ったんですよね。で、最近はハンドルを切らない方向にシフトし始めています。考えるのを止めるために考えてるみたいな。一見矛盾しそうなんだけど、それを矛盾させずに成立させたらすごいだろうなって。そういう感覚に入って入っている感じなんですよ」


それは図柄としての抽象につながりますよね?


「結局そこなんですよ(笑)あと、わりかしマインドの部分で社会にゆさぶられて、苦しんで生きて来た部分もあるので、それはそれで大変なんですけど、繊細っていうのは逆に色々なことに気付けるなっていう。そういう意味でありがたかったかなと。職人さんをやっていても良かったと思うんですよ。最初からそれでいいと思えたんだったら。でも自分は違ったので。自分で選んだというよりは、選ばされて来た。自分の中にあるものが多分それを求めたので。そこに乗ったら、流れるままに」


流れ、ありますよね?


「そう。流れを見るのが結構好きかもしれないですね。自分でつかみに行こうとするとその流れって見え辛いっていうか……。どうしてもそういう話しになっちゃうな……。で、ある程度自分でつくり上げた土台があるので、その上で精神性のある物をつくり出せたらなとは、今は思っているんですよ」


ありがとうございました。


命の運び、と書いて「運命」。仕草さんが従った流れは、実はそういった深い流れのようなものかもしれない。自分の意識の深い部分の流れを、仕草さんは、「自分でつかみに行こうとすると、見辛くなってしまうから、引きの目線で見極めたい」という。





冒頭で僕は、僕個人の話、書く事の動機から始めた。

そして次に、引きの目線で手創り市を俯瞰し、手創り市は、半歩先を行く新しい社会の縮図ではないか?と問題定義を行った。


何かをつくるということは、正解のないクイズに、自分なりの回答を試みるのに似ている。だから、何かをつくり出す人々は、常にそのクイズにさらされ、世界に問いを投げ掛け続ける。そして世界もまた、新たなる問いを投げ返す。その繰り返し。繰り返し。

(そしてたまに、両者の答えが合致するかのように、シンクロニシティが起きる)

そんなことを想う、今日この頃である。


これで「2014年春季ARTS&CRAFT静岡ルポ:前編1部・2部」を終わります。


ルポ後編はは、ADの清水さん、ライターの僕、残り6人のスタッフ、計8名による「ARTS&CRAFT静岡・未来会議」をお送りします。


今回も長文でしたが、最後までお付き合いありがとうございました。

結びの言葉は後編の結末に譲り、一旦失礼致します。


うえおかゆうじ


*一部写真提供*

A&C静岡スタッフ 鈴木一生 ★☆★



2014年春季開催ルポはこのあとも後編へと続きます。

是非ともご覧下さい!!


ARTS&CRAFT静岡手創り市






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