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「時代を超えて残るモノ」



ーーー 「時代を超えて残るものってなんだろう」


これはつくること、g r e e n のルポの際、僕が話題にあげたこと。


「たとえば、ベートーベンの曲とか、時代を超えて残るモノがある。なぜだろう。」

昔から変わらず今でも語り継がれる、受け継がれる、受け入れられるもの。

それは、データとしてただただ残っていたからではないはずだ。

なぜ残るのか、なんとなく体ではわかっていたと思うが、

その時の僕はうまく言葉にすることができなかった。

でも、言葉にしたくて、その場に投げかけた。


少し考えて、名倉が、言った。

「残したいと思う人がいたから...    残る。

 そういうものをひたすら作ろうとする人がいるし、

 それを残そうとするからじゃないかなと。」


この言葉に僕は、しっくりきて、納得してしまった。

言葉にしたら当たり前のこと。


続けて、名倉は言った。

「それは片方の人だけじゃ絶対に続いていかないよね。

 ベートーベンの音楽しかり、それをいいと思って後世に伝えたいと思うから。

 作る側だけじゃ無理なんだよ。

 勝手に残っていくものはないと思う、どんなに良いものでも。」


なんか名倉に言われると悔しいけれども、すごく腑に落ちた。

作り手と、繋ぎ手の存在。

そして、繋ぎ手でもある使い手の存在。

皆が手を取り合って、時を創っていく。。。


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ARTS&CRAFT静岡手創り市。(2015年秋季申込受付中!)

唐突だが、僕はスタッフで集まる反省会が好きだ。

みんなで顔を突き合わせて、個々が感じたことを発信し、受信する場。

(5月に行った反省会は、こちらのブログにて。【はしもと版】/【あらまき版】

反省会は、手創り市で、一番人と人との違い、類似点、相違点、

そういった個性を楽しめる場だと思う。


僕は、反省会で「何かこうしてみたい」という話が出てくると

「なぜそうしたいのか」と、人を動かす”欲”の部分を聞いてしまう。

その欲こそ、人の個性でもあるから。

僕はその欲をしっかりと把握した上で、その人の提案を見つめたい。

ちなみに、「どうやってやるの」とは、聞かないようにしている。

それはなぜか、もし気になる方がいれば開催日に僕を捕まえて聞いてください。



さて、今更反省会の話を掘り返したのは、今回は、少しスタッフのお話を

伝えたいという想いから。

作り手と使い手を繋ぐ、スタッフたちのお話を。


今年の春、卒業していくスタッフがいた。

今回だけではなく、前回も。

これまで、手創り市では様々なスタッフが入り、そして卒業してきた。

それこそ、僕だってまだまだ新顔だし、昔のスタッフで僕が会ったことがない人もいる。

名倉を中心にその時のスタッフが、その時の静岡手創り市を創っている。


スタッフが卒業するたびにその人の価値を失い、

スタッフが入るたびに新たな価値を得て、5年。

そこにある、ゆっくりとした、でも確かな”歩み”。

それが非常に興味深く、少し考えてみようと、今回思いたった。



冒頭にあった、ルポでのやりとり。

「時代を超えて残るモノ」

長く残るもの、そこには長く残るための”時間”が必要だ。

“時間”を使って作られたモノに魅せられ、その”時間”を繋いでいく人がいる。

そう、”時間”。


僕は思うことがあって。

例えば、器を選ぶとき「こうやって使いたいなぁ」なんて、

使っている自分の”時間”を想像したりする。

作家さんは「こういう形で使ってもらえたらな」なんて、

それが使われる”時間”に想いを馳せて、自分の”時間”を使って作品を作り込む。

それこそ、自分の欲に対して納得がいくまで。

僕たちは、その作品を通してこれらの”時間”を共有し、その作品を好きになる。


時代を超えて残る音楽。

音楽を聴く”時間”。

演奏者が奏でる”時間”。

演奏者たちは、演奏するその時へ向けて、ひたすらに練習する。

そして、演奏した”時間”、そのためにひたすらに練習した"時間”が聴く人と共有され、

聴く人を感動させる。


さらに演奏するものを魅了するのは、作り込まれた音楽。

その音楽が作り込まれた”時間”を演奏者と共有し、この音楽を演奏したいと思わせる。

この、作り込んだ”時間”が、新たに作り込む”時間”を生む。



… この”時間”の源泉はなんだろう?



僕は、人の想いであり、欲であると、そう思う。

「自分はこうしたい」

その想いや欲が、”時間”を使って、なんらかの形で新しい”時間”を生み出す。

そして、人が想いを持って”時間”を使ってこそ、理想を追い求めてこそ、

感じることが沢山ある。

「もっとこうしたい」

もっと、もっと。と欲がでる。

まだできる、という想いになる。


ーーただ、そこで。

"時間"は有限だからこそ、焦らずに、しっかりとできる範囲で創りこむことが大事。

それは、”時間”を大切にし、軽視しないために。

そして、必ず基礎となる部分をしっかり蓄積し、磨き上げていくこと。

それが、どんな時にも自分を支える土台となるから。



静岡手創り市の反省会では、そういった”時間”が見えるようになってきた。

それは、スタッフたちが自分から動いて、実感して、刺激されてきたから。

「もっとこうしたい」という想いがスタッフ一人一人の中にあるなと、

反省会に出ていて感じる。

でも、そうやって、次のステップに少しずつ目を向けられるようになってきたのには。

スタッフが必ずやらなければならないことに、しっかりと取り組めているという

自覚が出てきているのではないか。

そして、それが脈々と受け継がれているからだと感じている。


スタッフが必ずやらなければならないこと。

それは、会場という場を創りあげること。

朝の作家さんの搬入時の応対から、開催中、1日目の夜の見回り、二日目、

そして片付けから作家さんの搬出まで。


場を創るために、スタッフは"時間"を使う。

正直に言えば、誰よりも会場をゆっくりと見て回りたい。

でもこの”時間”は、静岡手創り市では明確に見えないけれども、基盤となる大事な部分。

それは、作り手に対する敬意。

作り手が使ってきた”時間”を大切にしたいという想い。

そのための”時間”を惜しまずに、使うこと。

繋ぎ手としての、役割。


この役割を全うしたうえで、スタッフは自分たちの欲に素直に、

できる限りで挑戦をしていく。

そうした”時間”が、使い手にも、作り手にも刺激を与えていくことを願って。

次なる挑戦は、「MY CUP IS …」


僕たちスタッフは、こうした”時間”を大切にし、

常に会場作りに取り組んでいく。

スタッフが入れ替わっても、基礎となる部分を受け継ぎ、

数々の想いを持ってぶつかった”時間”は、常にプラスになっていくと信じて。

その積み重ねた”時間”こそ、僕の感じた”歩み”の正体ではないかと、今はそう思う。


そして、その歩みには、作り手と、使い手がいる。

この3者で手を取り合って、ゆっくりと歩んでいく”時間”。

誰もが、この”時間”を愛しく思えるような、残したいと思えるような。

そんな場所を作れるよう、スタッフ全員でぶつかっていきます。 


スタッフ高木



ここまでご覧頂き有り難う御座います。

遅ればせながら、2015年春季A&C静岡開催ルポより、
時間を経過しつつ、ようやっと着地することが出来ました。

この記事を書いた高木にとって、
今回の一連の記事は彼の今後の自身の指標にもなりえるものではないか?
と思うと同時に、私たちスタッフの姿を改めて描いたもののように感じます。

今在る場所を知って、足りないことを知り、これからも。

2015年10月の会場にてお会い致しましょう。名倉




【2015年秋季開催について】

2015年10月10・11日

申込期間は6月29日消印〜7月29日事務局必着まで

出展者発表は8月10日







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